1989年〜1993年−今中慎二の集い

1989年〜1993年


 1988年、大阪桐蔭高等学校よりドラフト1位で中日に入団しました。 高卒ルーキーながら1年目から1軍で活躍し、2年目の1990年には19歳にして早くも10勝6敗1セーブ、防御率3.86の成績を残し、その頭角を現しました。

 1991年には佐々岡真司(広島東洋カープ)との防御率のタイトル争いのため、シーズン最終戦のダブルヘッダーに連続して先発するものの、惜しくもタイトルを逃しました。

 1992年は故障の影響で8勝に終わったものの、1993年には開幕投手を務め、17勝7敗1セーブ、防御率2.20、247奪三振で最多勝(中日・山本昌、横浜ベイスターズ・野村弘樹の3人が受賞)、最多奪三振、ベストナイン、ゴールデングラブ、沢村賞のタイトルを独占しました。
沢村賞には審査項目をすべて満たして選出され、今中慎二以降、審査項目をすべて満たした投手は未だ出ていません。  7月6日のヤクルト戦では1試合16奪三振のセリーグタイ記録を作っています。 この奪三振は江夏豊以来の快記録であるとの声もあります。
 この頃、山本昌とともに中日の2枚エースと呼ばれていました。


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今中慎二の集い

1989年〜1993年−今中慎二の集い